夫婦それぞ れの「好き」を楽しむフラット的住まい
【12の住まい】04:伊達麻邦子さん&民彦(トム)さん
長く米国で暮らしていたふたりが、帰国後に終の住処として決めたのは都内のコーポラティブハウス。住民は建て替え前から建築計画に関わり、その後もゆるやかなつながりが続いている。インテリアは、以前米国で住んでいたフラットの雰囲気を再現した。アイランドキッチンと人を招くリビング・ダイニングを広く設け、それぞれの寝室は浴室を挟んでコンパクトに収めているのも合理的な発想だ。
→コミュニケーション、趣味、寝室、アート、人を招く、照明
住まいの中心は、アイランドキッチン
集合住宅でありながらコーポラティブハウスは、建築家と相談しながらそれぞれの間取りを自由に設計できる。伊達さん夫妻は、家事も来客も趣味も楽しめる、キッチンを主役にした住まいを建築家に設計してもらった。
住まいへのふたりの希望は、明確だった。
歳を重ねて体が衰えたときのことを考えて、車いすでも出入りしやすい1階の住まいを敢えて選択。玄関から室内へはバリフリーのフラットな床面が基本となっている。これには、帰国後4年間、ふたりでトム(民彦)さんの母の介護をしていた経験が活かされている。
「伊達の母はマンションの5階に住んでいて、その苦労を知っているだけに、将来どちらかが車いすになったときのことを考えました」(トムさん)
また米国で暮らした経験から、食洗機と洗濯機をキッチンに格納することも決めていた。
このほかに、熱い鍋をそのまま直に置ける丈夫なステンレスを選んだのも、料理好きのこだわりだ。ガスコンロには耐熱ガラスの仕切りが設置され、威圧感がない。まさに理想のキッチンが実現した。
「お友達を招くことが多いので、キッチンは、お客様とおしゃべりしながら料理が出来る対面型のアイランドキッチンということは、最初から決めていました」(麻邦子さん)
キッチン壁面の引き出しは、麻邦子さんが米国で制作した陶芸作品や大ぶりの食器などに合わせて大きさを決めた。設計中は、常にメジャーを携帯してあらゆるもののサイズを測っていたという。
![]() |
リビングダイニングは、東向きのテラスに面している。テラスの戸境には、開閉式のルーパーを設置。ルーパーを開放すると、隣接した公園の緑の景色が窓から楽しめる。リビング側のカウンターキッチンの食器棚も、収める食器に合わせてサイズを決めた。 |
「東向きの我が家は、朝の陽差しが最高です。テラスからは、公園の四季折々の自然が楽しめます。春先は公園の桜が、部屋から眺められるんですよ。うちはお手入れ要らずの専用庭があるみたいなものだねってよく言っています」(麻邦子さん)
![]()
|
キッチンにいながらパソコン作業などができるように、壁面のキッチンカウンターの端に、麻邦子さん専用の小さなスペースを設けた。コロナ禍のステイホーム中は、ここでYouTubeの動画を見ながらウクレレの練習をしていたそう。 |
米国のロフト暮らしのお気に入りを取り入れて
米国で住んでいたロフト・アパートメントの利点を、ふんだんに取り入れているのが、ふたりの住まいの特徴だ。
「米国でもそうでしたが、洗濯機は絶対キッチンにある方が便利。我が家の場合は、ここで洗濯したら、キッチンのドアからそのままテラスに出て洗濯物を干せるように動線が出来上がっています」(麻邦子さん)
![]() |
壁面収納の中に、洗濯機を設置。ふだんは扉で目隠しできる。調理と洗濯という作業が一箇所に集約されていることで、家事効率がアップする。「米国の洗濯乾燥機はとにかくハイパワーで便利だったけれど、日本の乾燥機は時間がかかるので、久しぶりに乾燥機なしの洗濯機だけにしました」(麻邦子さん) |
![]() |
ふたりで調理や洗いものが同時にできる余裕の広さ。トムさんは、主に肉を焼くことと洗い物を担当。天井の配管から吊っているS字フックは、トムさんのアイデア。調理器具を吊すだけでなく、まな板を乾燥させるのにも役立つ。 |
![]() |
米国のロフトに住んでいたときのように、天井の配管は敢えてむき出しにした。天井に吊したM’s systemの波動スピーカーは、職人がひとつひとつ手作りした、紙と木で作られたこだわりのもの「オーディオ業界では、これは波動じゃない、なんて言われていますけど、広がりのあるいい音ですよ。吊せるからスピーカーを置く場所が必要なくて便利です」(トムさん) |
![]() |
キッチンの照明もシンプルなものをチョイス。天井配管と組み合わさってインダストリアルな雰囲気だ。 |
浴室を挟んでそれぞれの寝室が並ぶ
浴室・トイレを挟んで、両側にそれぞれの寝室を設けた。どちらもテラスに面した窓のある部屋なので、採光も充分ある。寝室から隣の浴室のトイレにすぐアクセスできるのも便利な点となっている。
「寝室はベッドサイズに合わせて、最小限のスペースにしました。浴室を挟んで隣同士だから、いびきが聞こえてくることもないですしね」(麻邦子さん)
![]() |
こちらは麻邦子さんの寝室。自作の陶芸作品を窓辺に飾った、心地よいタイニースペースとなっている。テラスに面した窓からの採光があるため、明るい雰囲気となっている。「建築家の方から修道院みたいと言われたんですよ(笑)」(麻邦子さん) |
![]() |
一方トムさんの寝室は、車&バイク好きの秘密基地のようにPCや愛用の工具が所狭しと並べられている楽しい雰囲気。こちらの寝室はテラスへの扉付き。テラスの物置きにはトムさんの工具が収められている。それぞれの寝室は、互いのパーソナルスペース。インテリアはそれぞれの好みで設えられている。 |
![]() |
2つの寝室の間にある浴室は、洗面所とトイレが併設されたホテルライクな仕様。パーテーション的なタオルウォーマーが中央にあることで、浴室全体を優しく温めることができてヒートショック予防にも効果的。テラスからの外光が差し込む浴槽に浸かると、公園の木々が見えるという贅沢な環境だ。
「この浴槽に浸かって、ゆっくり読書するのを楽しみにしていたのだけど、歌やドラム、ウクレレの練習があって毎日忙しくてそんな暇がありません」(麻邦子さん) |
バリアフリーな配慮をそこかしこに
帰国後にふたりで母の介護を行った経験から、バリアフリーな配慮が隅々までなされている。最初からフラットな床面が徹底されていることで、車いすの可能性にも対応できるし、室内の転倒事故の予防にもなる。これも、一から設計を考えられるコーポラティブハウスならではのメリットだ。
「終の住処として考えているから、バリアフリーな住まいであることは重要でした」(トムさん)
![]() |
玄関からリビングへ、車いすでもそのまま入れるフラットな床。玄関横には、来客用のトイレも設けられている。 |
![]() |
麻邦子さんの寝室入口の引き戸。力が弱い麻邦子さんのために、後から民彦さんが引き戸に取っ手を取り付けた。寝室からキッチンにつながる廊下には食料庫棚を造り付けで設置した。 |
自作の陶芸作品を飾ってアートのある空間
![]() |
サンフランシスコで陶芸家として活動していた麻邦子さんの陶芸作品やアートが飾られているリビングダイニングの壁面。壁は構造用合板を選び、釘が打ちやすくなっている。 |
![]() |
こちらも麻邦子さんの陶芸作品コーナー。アートのある空間が心を豊かにしてくれる。アートは音楽同様、ふたりの共通の趣味でもある。 |
![]() |
キッチンからリビングダイニングを見渡したところ。ソファーの向こうには、麻邦子さんのドラムセットが、いつでも練習できるようにセッティングされている。「実はあの場所には、お茶事ができるように炉を切ってあるんですよ。お客様が泊まれるようにスクリーンで仕切りも設けてあるのですが、いまはわたしのドラムセットの場所に(笑)」(麻邦子さん) |
![]() |
民彦さんが凝っている日本酒専用の冷凍庫。「火入れ処理されていない生酒なので、5℃以下で保存しないといけないんです。行きつけの酒屋で試飲して、気に入った日本酒を買ってきてここに保管しています」(トムさん)。買ってきた日本酒の説明ラベルを冷凍庫に貼って楽しんでいる。 |
土地の記憶を継承する
コーポラティブハウスの建設前、設計会社の案内により、伊達さん夫妻は皆さんと一緒に、取り壊し前の洋館を訪れた。明治時代に建設された洋館は、築100年以上。元徳川家の侍医だった人物が社交場として自ら設計したものだった。
「大広間や石造りの部屋があるなど、興味深い洋館でした。最後はおばあさまがおひとりで暮らしていらしてお亡くなりになった後、ご遺族が売却なさったようです。100年を超える洋館の維持は個人では大変です。洋館の名残りは、写真以外に形としてはもうどこにも残ってないのですが、次の住民であるわたしたちの記憶の中にその歴史が継承されている気がします」(麻邦子さん)
コーポラティブハウスは購入者で組合をつくるため、建設計画が進行していく中で、住民同士の交流も深まった。住まいの間取りも内装も多彩なので、完成後はそれぞれの部屋訪問などを楽しんだそうだ。
またここに住んでからは町会などにも参加して、地域活動にも関わるようになったそう。都心にありながら、住民交流やお祭りなどの催しもあり、新しいコミュニティの輪が広がっているようだ。
やりたいことを楽しむ、二拠点生活も視野に入れて
![]() |
多趣味なふたりには、好きなこと・やりたいことがたくさんある。麻邦子さんは音楽活動、トムさんはクラシックカーやトライアスロンが趣味。車やバイクの修理や整備が思う存分できるように、千葉にガレージ拠点づくりを計画している。今後は、二拠点化もあるかもしれない。
「帰国したら車の趣味はもうやめようと思っていたんですが、結局好きなものは変わらず。千葉ではキャンプも楽しめるようなガレージ拠点にしたいなと計画中です」(トムさん)
互いの趣味や交友関係を尊重しつつ、息子さん夫婦やふたりの時間も大切にしている。子育てや介護を終えて、ふたり暮らしになったからこそ、それぞれの楽しみを優先できるようになった。
その生き方を支えてくれるのは、やはり安心できる居心地のお住まいに他ならないのではないだろうか。将来の体の変化にも対応できるように設計したことで安心できるだけでなく、いまのふたりの“好きなもの”が詰まった居心地のいい住まいとなっている。
【プロフィール】伊達麻邦子さん&民彦さん
1989年に夫婦で米国カリフォルニア州に移住。麻邦子さんは、現地で陶芸家としての活動や、「サンフランシスコ裏千家出張所」で稽古と指導にあたる。2009年に帰国後、2014年に竣工したコーポラティブハウスに住む。麻邦子さんは、現在ジャズボーカル、ドラム、ベース、ウクレレ演奏などの音楽活動を行う。トライアスロン経験者の民彦さん(通称トム)は、バイクと車の趣味が高じて、修理・整備も出来るガレージ拠点づくりを千葉に計画中。ふたりの共通の趣味は、落語とジャズと食。
撮影:三村健二