住まいの調査【12の住まい】01:きんのさん
50代・ひとり暮らし
きんのさんは、49歳の時、80代の母の介護をきっかけに、都内に所有していた分譲マンションから、築50年越えの団地への住み替えを実行。母の介護をしながら、50歳で転職を決意し、介護専門学校に入学。介護福祉士の資格を取得して52歳で正社員として介護の仕事に就く。50代前後、引っ越しと転職という大きな決断を実行したきんのさんを支えているのは、自分を元気にするために、思い通りにリノベーションした現在の住まいだ。
→住み替え、リノベーション、DIY、デジタル、物の整理、思い出の品
都内のマンションから郊外の団地への住み替え
きんのさんの部屋は、よく手入れされた昔ながらの団地棟にある。
築50年を超えた団地でありながら、扉を開けるとそこは別空間。落ち着いた赤い壁の玄関が迎えてくれる。
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玄関正面の赤い壁。父の形見の香炉、自作の干支の焼き物、絵などが飾られている。このコーナーは、季節に合わせて設えを調えている。上部の磨りガラスの内窓の向こうは寝室。団地の構造上、暗くなりがちな玄関だが、昼は外光、夜は室内のオレンジの灯りが差し込んで、あたたかな雰囲気を醸し出す。玄関は、帰ってきたときに出迎えてくれる場所。 |
母の介護のためとはいえ、住み慣れたマンションを売却して住み替えるというのは、かなりの決断だ。それまでのきんのさんは、都内の新築マンションを購入して、仕事や趣味を楽しみながらシングルライフを過ごしていた。
「わたしは、何か問題があると、頭を整理するために、ノートに書き出す習慣があります。住み替えを決断する前にも、都内の分譲マンションと郊外の団地のメリットとデメリットをノートに書きだして考えました。書きだしてみると、どちらもメリットとデメリットは同じ位。でも、ここで自分の暮らしを優先して母を見捨てたら一生後悔するだろうと思って、母との近居、団地への住み替えを選びました」
フルリノベーションして広々とした1LDKに
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元々壁付けだった古いキッチンは、リビングダイニングの中央に移設。南向きのベランダからの日差しが気持ちいい、明るいキッチンが出来上がった。キッチンのテーマカラーは、明るいイエロー。コックピットのようなお気に入りのキッチンに仕上がった。 |
きんのさんが住み替えを決意してからの行動は、早かった。都内のマンションを売却、団地のフルリノベーションプランを考えて、リノベーション会社へ相談に行く。
「購入した部屋は、床も天井もボロボロ。昔ながらの3LDKの間取りは脱衣所もなくトイレも狭かったです。最新設備のマンションとの差に、初めて見たときはショックでした。でも、決めたからには、『ここに来てよかった』と思える、わたしらしい住まいをつくろうと思いました。寝室以外の壁を取り払って、広々としたリビングキッチンの1LDKの住まいにリノベーションしました」
きんのさんは、いいと思った部屋の写真を切り抜いたリノベーションノートを作って、住みたい部屋のイメージをかためていった。また、窓は二重窓にして防音とカビ対策も行った。
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キッチンには、水周りの作業がすべて行えるように洗濯乾燥機も設置。向かって左上には、洗濯物を干すための室内物干し「ホスクリーン」も取り付けた。 |
イエロー、ブルー、レッド…
部屋毎のテーマカラーで元気をもらう
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洗面所はモロッコの「シャウエン・ブルー」をイメージしたタイル貼り。トイレの壁を取り除き、団地特有の配管もそのまま見せて、広々としたスペースを確保した。洗面台のタイル貼りは自分でDIY。 |
「リノベーション費用は通常の3分の2程度で納めました。依頼した会社には、部屋毎に色を変えるなんてと言われましたが、自分の気持ちがアガる色の空間で過ごすことが、私にとっては大切です。自分でできる部分は、DIYしてなるべく予算を抑えました」
自分の好きな色、好きなものが詰まった住まいが、毎日をワクワク過ごせるようになっているようだ。
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リビングから見た寝室の入口。ブルーの壁面には、お気に入りの言葉「If you never try you’ll never know」「If not now, when ?」のステッカーを貼って、気持ちを盛り上げている。寝室の床はネットで購入したシートを自分で貼った。写真向かって左は、小枝で作ったウイッシュツリー。大きなことから小さなことまで、実現したい願い事を書いて吊している。願い事を書く札は、母の部屋から大量に出てきた荷札の再利用。願い事をいつも目にしていることで、実現の可能性も増しそうだ。 |
リビングの窓辺に置いたテーブルで、自分と向き合うノートを書く時間を大切にしているきんのさん。
リビングの窓からの眺めも気に入っているという。
「都内のマンションの眺めと違って、団地の棟配置はゆったり広々。団地内には公園や木々が多く、リビングの窓際から見える四季折々の風景が、お気に入りです」
サブスクリプションサービスを活用中
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リビングの壁はあえて真っ白とした。場所をとるテレビを置かず、サブスクリプションのプロジェクターを利用することにした。白い壁面は、大画面スクリーンとして迫力の映像を映し出す。 |
きんのさんは、最新家電のサブスクリプションサービスを利用中。最近のサブスクリプションサービスは、長期利用でも定価を上回ることがなく、長く使うようならそのまま購入することも可能となっている。最新家電のお試しとしても、持たない暮らしの実践としても、これからどんどん活用していきたいサービスだ。
母の介護アシスタントは、スマートデバイス
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Amazonのスマートディスプレイを、自分の部屋と母の部屋に設置。テレビ電話で会話したり、母の好きな音楽をかけてあげたりと大活躍。「アレクサは、すごく優秀な介護アシスタントです」 |
スマートデバイスは、毎日の介護アシスタントだけでなく、きんのさんが部屋で流す音楽や日々のネットショッピングにも役立っている。これからの住まいには、便利なスマートデバイスの存在はますます必須となっていきそうだ。
また、ロボット掃除機などの便利な最新家電を取り入れて、効率化を図っているのも、きんのさんらしい。
思い出のあるものは、私を支える大切な存在
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祖母が使っていた漬物石。漬物石としてもペーパーウエイトとしても使っているそう。「触っているだけで、祖母を思い出せる大切な存在です」 |
自分の部屋を整えた一方で、母の部屋の片づけも手伝っているきんのさん。ブログで、日々の片付けのことについても発信している。ものがあふれた母の部屋を片づけながら、不要なものを手放す大切さを実感しているそうだ。
しかし、思い出のあるものはまた別の話だ。祖母や父の思い出の品は、いつも目にするところに大切に保管している。思い出のあるものは自分を支える大切な存在だという。
50代直前に、住み替えという大きな決断を行った、きんのさん。ただ、ここが終の住処という訳ではないという。これからの暮らし方で、また違う決断をするかもしれないからだ。
一方で、母の姿に自分の老後を重ねながら、少し気の早い「老い支度ノート」を作って、今からできる老い支度の準備を進めているそうだ。
暮らしは変化していくもの。しかし、「今の自分」を支える自分好みの住まいが、きんのさんの今の暮らしをサポートしているのがよくわかる。
【プロフィール】
きんのさん
49歳の時、80代の母の介護をきっかけに都内の新築で購入したマンションから築50年越えの団地に引っ越し、母の介護をしながら自身も少し早めの老い支度を開始する。2020年、51歳で開設したブログ「団地日記」で、団地の魅力や年金暮らしを想定した月12万円生活、節約アイデア、時短家事や料理、趣味のことなど、日々自分と向き合いつつ、50代の今を楽しく快適にするための工夫を発信。
ブログ「団地日記」https://small-gold.muragon.com/
著書 『54歳おひとりさま。古い団地で見つけた私らしい暮らし』(扶桑社)
撮影:三村健二