熊本暮らしあれこれ—The View From 80’s【17】

●市電で驚いたこと

熊本に引っ越した直後、驚いたのは市電に車掌さんが乗っていることでした。

東京でバスや都電に車掌さんが乗らなくなったのはいつ頃のことからでしょう? ネットで調べてみたら、1970年代以降にワンマン化が進み、車掌さんの姿は消えたということでした。もう50年も前のことです。

車掌さんが乗っている理由は、市電の車輌の構造にあります。

熊本市には2系統の市電が走っていますが、そのうち8台がドイツ製の車輌です。2輌編成になっているため、前の車輌には運転手さんが、後ろの車両には車掌さんが、乗降客の管理をしています。

私の家から市電の電停(停留所)までは300メートルくらいで、繁華街までは10分ほど、JR熊本駅にも乗り換えなしで行けます。

とても便利ですが、足の悪い私はドイツ製の低床車輌にしか乗れません。高い階段のある旧車輌を何本も見送って、低床のドイツ製車輌を待ちます。時に30分待つこともあります。全車輌が低床に切り替わるまでには、相当時間がかかりそうです。

 

●食に関すること

熊本の味は、全般的に甘めです。味醂とお醤油を混ぜたような調味料も売っています。納豆のタレや鰻の蒲焼も甘いです。お醤油は、関東のような甘くないものを選んで買っています。私の好きなお煎餅も、美味しいのは新潟産だったりします。

ここで気に入った食材は、「水前寺菜」です。葉の表は緑、裏が赤紫色のキク科の多年草で、沖縄では「ハンダマ」、加賀では「金時草」という名で呼ばれているそうです。「水前寺菜」には、ポリフェノールがたくさん含まれているとか。お浸し、サラダ、炒め物などに使えます。茎をコップに挿しておくとすぐ根が出てくる繁殖力の強い植物です。水前寺公園で栽培したものを、参道の観光センターで売っているのでよく買いに行きます。

 

●趣味を再開—ライアーの演奏

二週間に一度、ご近所でお友達になったOさんと、合奏を楽しんでいます。

Oさんはウクレレ、私はライアーという竪琴です。一向にうまくはなりませんが、がんの後遺症で足が痺れているというOさんにとっても、演奏は免疫力を高めるのに役立つのではないかと思っています。Oさんは、コロナ前までウクレレ教室に通っておられたそうです。

そもそも私とライアーとの出会いは、もう20年くらい前に遡ります。 長いこと「老人ホームにも持っていけること」と言う条件で、ひとりでも演奏できる楽器を探していました。ピアノやバイオリンは音が大きいので、ひとりで楽しむという訳にはいきません。どのみち上手くなるはずもないので、人様に聞かせるようになることは、ほとんど不可能だと思っていました。

その頃知り合いのKさんが、長年ダスキンがスポンサーをしている障害のある方向けの海外留学プログラムに合格しました。招かれた壮行会で、留学生のプロフィールを紹介するビデオが上映されました。視覚に障害のある方の暮らしが映し出され、そこでライアーを目にしました。「これだ!」と思い、先生を紹介していただきました。

私の持っているライアーは、オープンライアーというちょっと変わったものです。通常のライアーとは異なった音の響きが楽しめるものです。ドイツに注文して、入手するまで6ヶ月待ちました。そして当時同じマンションに住む音楽療法の先生と二人でお稽古を始めました。

2人だと2部合奏ができるのでとても楽しかったです。私が横浜のマンションへ移ったことで、合奏のお稽古は終止符を打ちました。もう演奏できないかと思っていたのに、思いがけず熊本で趣味を再開することができて、Oさんとの合奏を楽しんでいます。

 

●熊本での暮らし、そして仕事のこと

熊本市へ移住して半年が過ぎようとしています。やっと生活のペースができました。阿蘇との二拠点居住に加えて、リハビリやマッサージ、ヘルパーさんや孫の世話で、なかなか終活が進まないのが悩みです。

仕事では、久々に大規模なリノベーション案件が入り、ケアリングデザインアーキテクツの直町さんのお力を借りて進めています。横浜の案件なので私にできることは少ないのですが、それでもプランを考えるのはワクワクします。こんな歳になってもお仕事をさせていただける幸せを噛み締めているところです。

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