【12の住まい】03:古屋美紀さん
60代・ふたり暮らし
長年勤めてきた会社を辞め、独立して仕事をスタートした古屋さん。住み替えた新居は、自身のワークスペースを設けた職住近接の住まいとなった。もうひとつこだわったのは、間接照明。専門家のアドバイスを仰ぎつつ、思い通りの照明環境を実現。2 フロア分の大きなピクチャーウインドウから楽しめる公園の緑も、視覚的な安らぎを与える住まいとなっている。
→住み替え、照明、仕事、五感リッチ、趣味、ペット
緑の景色を楽しむための広いLDK
古屋さんの住まいは、2023年5月に完成した一戸建てだ。
公園に隣接したロケーションを最大限に活かして、2階は4mの吹き抜け、公園に面した南面にピクチャーウインドウを設けた。
「この住まいは、自分で設計したのではなく注文建築ですが、私の希望を盛り込んだ “私が住みたいように住む”住まいです。以前は駅前で何でも揃う便利なマンションに住んでいました。ただ、バルコニーの前に隣のマンションのバルコニーがある場所。多忙な会社員時代はアクセスのよさを優先して便利でしたけれど、お休みの日にカーテンを開けることもままならない点だけはストレスでした」
8年間の両親の介護を終え、自身の仕事が新しいステージに移行しようというタイミングで、そのときにどこに、どんな住まいに住んでいたいのかを考えた。そのとき、公園に隣接した土地が売り出されていることを知った。
「引っ越すつもりはなかったのですが、土地を見に行ったら、公園の借景を楽しむための住まいだなと魅力を感じました」
そこから住まいの設計が始まった。
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2階のLDKは17.3畳。4m以上の高さのある吹き抜け、3面の窓で開放感あふれる雰囲気。南向きのピクチャーウインドウから見える木々の景色が圧巻だ。 |
家の中の暮らしを楽しくするために、バルコニーを設けることは潔くやめた。
その分ピクチャーウインドウからの借景を最大限楽しめるようにした。1階のワークスペースからの眺望、2階のキッチンに立ったときの眺望、それぞれの角度を計算して窓の位置を決めた。
「眼の前の木は、大島桜です。冬は葉が落ちて、窓から冬の太陽が差し込み、遠くの公園の景色までながめることができて、夏は激しい太陽光を茂った葉が遮ってくれる。自然って凄いと思いました」
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まるで一幅の絵画のような窓からの景色。窓際には造作カウンターを設けた。夫がPC作業をするために、手元を照らすSWAN電器のデスクライトを追加した。 |
間接照明を楽しむ住まいとして
この住まいは、照明を楽しむ場として、いろいろな試みを行っているのも特徴だ。
「私にとって住まいは寛ぐ場所だから、間接照明のやさしい光が好み。夫はオフィスワーカーのせいか、オフィスと同様に、明るくパキッとした蛍光灯に近い光が好き。私にとって居心地のいい間接照明でも、夫にとっては暗くて仕方がないみたい。だから彼の場所は照明を追加するようにしました」
夫婦で照明の好みが真逆に分かれていたことも、代替え案で対応した。
LDKの天井が高い分、天井のダウンライトの調光が届きにくい。CDE講師で照明デザイナーの手塚昌宏さんに相談して、照明計画を立てた。
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LDKの床は、凹凸のあるナラ材を使用。木の温かみのあるインテリアとなっている。手前にあるのはリーン・ロゼのソファー。背クッションと本体がセパレートになっていて、シングルサイズのベッドとしても使えるタイプ。 |
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ダイニングテーブルを照らすのは、アルテミデのトロメオ フロアーライト。 |
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カウンター下にも間接照明。壁は、やわらかいグレイッシュカラー。 |
外の景色が楽しめるワークスペース
独立して仕事をスタートさせることを決めていたため、1階の寝室隣には作業用のワークスペースを設けた。日中は窓から緑の景色を眺めて仕事に没頭できる環境だ。
寝室は引き戸で仕切っているため、オン/オフでフレキシブルにスペースを活用できる。
人生100年時代、人々は多様な働き方を模索している。作業に没頭できるワークスペースを住まいに設けるニーズも、これから増えていくかもしれない。
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1階の寝室から見た、古屋さんのワークスペース。思い出のある実家のダイニングテーブルを、仕事用に使っている。右の壁下は猫専用通路。 |
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1階の寝室の引き戸をすべて開けたところ。開放的な空間となる。 |
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1階ワークスペースの窓からの眺め。日中は、緑を目にしながら作業ができる豊かな空間となっている。「鳥の声がうるさいくらい(笑)聞こえてくる環境です」 |
「いま」を楽しく暮らしやすく、「これから」の備えも配慮して
「我が家は、玄関に段差があるし、階段のある住まいで、バリアフリー対策は行っていません。でも将来的な改築については配慮しました。
1階のワークスペースには勝手口をつけて、もし将来車いすが必要になることなどがあったら、勝手口にスロープをつけることができます。2階建てなので、最終的にはホームエレベーターが取り付けられるような配慮もしました」
「いま」を住みやすく、しかし「これから」の改修のしやすさまでを考えておく。
それは、古屋さんが長くマンションのリフォームやリノベーションに携わってきたこと、介護の経験、そして、超高齢社会の住まいとくらしの知識を学ぶCaring Design EXPERT(CDE)を受講・修了したことも影響しているという。
「マンションのリフォームを依頼されるお客様は、50代以上の私世代の方々が多いです。歳を重ねていくことで起こりうる『心身の変化』に備えた設計や素材選びが必要な年代なのに、一般的なリフォーム提案は『いま』を楽しむだけのものが主流です。『いま』も『これから』も大切にした住まいも必要だと思います」
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洗面脱衣室にはタオルウォーマーを設置して、ヒートショック対策。右の引き戸の奥は2㎡弱の納戸。将来ホームエレベーターを設置する場合は、この納戸スペースを利用する予定だ。 |
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1階から2階への階段には、段差の視認性をよくするために、踏面端の色を変えた。手すりも黒い色で壁から目立つように配慮。「最初階段の段差は20〜21㎝の予定だったのですが、CDEの講義で足の上げ下げの負担軽減から階段の段差は19㎝までがいいというお話があったのでそうしてもらいました」 |
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キッチンは、前後に作業がしやすい幅を設けた。左はパントリー。「LDKにしているので、キッチンはパントリーにすべてものを隠せるようにして、オープンキッチンとリビングが一体化する工夫を行いました」現在はガスコンロだが、将来的にIHに取り替える可能性もあるそうだ。 |
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ワークスペース西側に設けた勝手口。将来は、ここにスロープをつけて車いすで出入りできるように変更可能となっている。 |
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2階からロフトへ至る階段には、懸垂棒を取り付けた。「背筋を伸ばすのにいいと聞いて。ぶらさがって体を伸ばすと気持ちいいですよ。仕事や家事の合間にぶさらがっています」 |
猫も私も、楽しくて居心地がいい住まい
猫は好きだけど、猫のためだけの住まいにはしたくなかったという古屋さん。大人のためのキャットフレンドリーな住まいに仕上がっている。
「施工会社からキャットタワーを提案されたのですが、あえてキャットファーストな住まいにしていません。猫もわたしも、楽しくて居心地がいい住まいにしたかったから」
1階の寝室と廊下の壁には2箇所の猫通路を設置。2階のトイレ内には猫トイレのスペースを確保して、猫は壁の猫通路からトイレに出入りできる仕様となっている。
部屋に伺っても、一見猫がいる住まいとはわからない。だが実は、隅々まで猫のための生活動線が考えられている。
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LDKで古屋さんと遊ぶ、猫のあおちゃん。 |
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寝室の猫通路。さりげないデザインになっている。 |
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ロフトから吹き抜けの窓まで一直線に続く梁は、実はキャットウォーク。猫にとっては楽しい、人間にとっては吹き抜けが居心地いい、という一挙両得なデザイン。 |
緑の中の灯台のように、温かな光がこぼれる住まい
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夕暮れの古屋邸外観。灯台のあかりのように、室内の温かな光がこぼれる。 |
「この住まいは、家にいながらにして外の自然を感じられます。もし将来どちらかが、寝たきりになったとしても、散歩ができなくなったとしても、外を感じることができる。窓の抜け感は、それだけで価値があったと思います」
「いま」を楽しみながら、年齢を重ねたあとの「これから」にも備える住まい。
超高齢社会のいま、そんな住まいの設計思想が主流になっていけば、もっとシニアの住まいは安全で安心な存在になっていくのではないだろうか。
古屋さんの住まいは、「これから」に備える住まいのロールモデルとしても参考にしたい。
【プロフィール】
古屋美紀さん
一級建築士事務所Furuya Life Design代表。長年、建設会社で新築分譲マンションの企画業務、自社マンションのリフォームやリノベーションを担当。プライベートでは、8年間の親の介護を経験し、最後まで自分の住まいで心地よく過ごせる重要さを痛感。介護と住環境について、深く学びたいと感じ、福祉住環境コーディネーター1級を取得。これまでの経験を活かし、独立して一級建築士事務所フルヤ ライフ デザイン(Furuya Life Design)を設立した。50代の「いま」と「これから」の暮らしを、住まいと共にデザインすることをコンセプトに、最期まで住み続けることができる心地良い住まいづくりを目指す。Caring Design EXPERT 2022年度修了。
※古屋さんの住まいは、「LIXIL MEMBERS CONTEST2023」新築部門 敢闘賞を受賞しました。
注文住宅施工会社:株式会社ハウステックス「一番眺めのいい家」速報!「LIXIL MEMBERS CONTEST2023」受賞
撮影:砺波周平