『ラッキー』孤独とひとりは、違う

映画『ラッキー』のオープニングは、主人公ラッキー(ハリー・ディーン・スタントン)の老いた肉体のクローズアップから始まる。垂れた皮膚、骨格がわかるほどに痩せた体、老いた体を静かに映し出すカメラワークは、これまでの映画にはなかったものだ。観ているうちに次第に、老いた肉体が愛おしくさえ思えてくるから不思議だ。

“人生の終わりにファンファーレは鳴り響かない”

(c) 2016 FILM TROOPE, LLC All Rights Reserved

90歳の現実主義者ラッキーのひとり暮らしの生活は、毎日決まったルーチンで繰り返される。目覚めのヨガ、タバコ、コーヒー、空っぽの冷蔵庫には必ずカートンとコップ一杯の牛乳、クローゼットには同じデザインのシャツが数枚だけ並び、その中から一着を選んで、帽子を被って街へ出かける。ちょっとしたミニマリスト風な生活だが、ラッキーの生活は、これまで彼が歩んできた人生の時間に裏打ちされた結果のようにも見える。

健康に気を付けているのに、タバコは止めない。そのタバコも、かかりつけ医から、もはや90歳で止める必要もないとお墨付きをもらう。馴染みのダイナーでクロスワードパズルを解き、自宅でクイズ番組を見て、夜にはバーでブラッディマリーを飲む。

いつもの日常の繰り返し。

そんなラッキーが、ある日気を失って倒れる。病院で診断結果を聞くと、「老化によるもの」という答え。そこから、ラッキーは“人生の終わり”について考え始める。

ラッキーの家

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彼の家は、思い出の写真、大きな辞書を読むため窓辺に置いてある書見台など、コージーな生活空間となっている。シンプルだが、「魂なんて存在しない」という現実主義的な彼の性格を感じさせるインテリアだ。

ひとり暮らしのラッキーの部屋では、友達に電話するための赤いアナログ電話機が特に存在感を放っている。本当に存在する友達なのかは別として、彼の部屋の中で、電話機は外との窓口として大きな意味を持つ。テレビのことでも子どもの頃の思い出話でもなんでも、ふと思いついたらいつだって話せる相手。電話でもダイナーでも酒場でも、そんな友達がいるかどうかが、人生でいちばん大切なことなのではないだろうか。

「体の中に血が流れている限り、人生で大切なのは女と花とロマンスだ」と人生を謳歌したのは、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブの90歳のミュージシャン、コンパイ・セグンドだったが、ハリー・ディーン・スタントンも自身のバンドで歌とギターを担当している。映画中、マリアッチをバックに彼が歌う「ボルベール、ボルベール(Volver, Volver)」では、90歳の歌声が実に味わい深い。

“孤独(lonely)とひとり(alone)は、違う”

映画は、ラッキーの静かな日常を描きながら、彼を取り巻くさまざまな登場人物が語る哲学的なセリフが散りばめられていて、観る者それぞれが自分の老いの人生について考えることができる。

ペットの100歳の陸亀、性的嗜好、遺産、恋愛、戦争。

なかでも、ひとり暮らしのラッキーにヘルパーを薦める医師に、凜としてラッキーが言い放つ「孤独(lonely)とひとり(alone)は、違う」という言葉は、いちばん心響くものだ。

「人は生まれるときも、死ぬときも、ひとり。aloneの語源はall oneなんだ」と、ひとりでいることを恐れないラッキーの生き方は、最高にかっこいい。“おひとりさまの老後問題”が取り沙汰される現代社会だが、ラッキーのようなおひとりさまの生き方なら、人生も悪くない。

映画『ラッキー』は、何度でも見返したくなる老年映画だ。

映画『ラッキー』(Lucky)

監督:ジョン・キャロル・リンチ
出演:ハリー・ディーン・スタントン、デヴィッド・リンチ、ロン・リビングストンほか
配給・宣伝:アップリンク
DVD発売中
2017/アメリカ/88分/英語/1:2.35/5.1ch/DCP
(c) 2016 FILM TROOPE, LLC All Rights Reserved

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